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自転車事故の被害者は、自転車保険の加入義務化で救済されるのか

 平成26年10月20日、兵庫県知事の井戸敏三氏が、自転車の購入者に自転車保険の加入を義務づける条例案を来年2月にも県議会に提案すると表明した。本条例案が可決されることになると、条例により自転車保険の加入が義務づけられるのは、全国で初めての事例となる。  同県によると、県内では自転車と歩行者の事故が2004年の93件から2013年に175件と1.9倍に増加する一方で、自転車保険の加入率は24%にとどまっているそうだ。そして、2013年7月には神戸地裁で、60代女性を自転車ではねて寝たきりの状態にさせたとして、乗っていた少年の保護者に9500万円の賠償を命じる判決が言い渡されたケースも出ている。本条例案は、保険加入を義務づけることによって保険加入の促進を図り、自転車時事故の被害者が泣き寝入りすることなく、救済されることを目的としている。  しかし、本条例案が可決されると、自転車事故の被害者は本当に救済されるようになるのだろうか。  “救済”を被害者に対して支払われる金額面での補償と捉えるのであれば、正にそれは保険が担う役割そのものであるから、加害者が自転車保険に加入していれば、被害者が”救済”されるということに対して、疑いの余地はない。であるならば、先の問いかけに対しては、加害者側への自転車保険の加入義務化を徹底することが現実的に可能なのかどうかが論点になると考える。  ここでは、自動車の自賠責保険の事例を用いて、①「本条例案による自転車保険の加入義務化の効力」と、②「加入義務化を進めていく上でのポイント」について論証していきたい。  さて、論証に入る前に、自動車の自賠責保険について概要を説明することとする。  自賠責保険とは、日本で唯一加入が義務化されている損害保険だ。自賠責保険では、期限切れ等を除き、自動車に乗る人が全員自賠責保険に加入しており、加害者が損害賠償責任を負っても、支払能力がないために、被害者に賠償金を支払えないケースはない。また、加害者が自賠責保険に入っていると、被害者が保険金を請求することができるため、加害者の都合により、保険金が支払われないといったこともない。このような事実から、自賠責保険のように保険の加入が義務化されている場合では、確実に被害者が“救済”されていると言える。  では、自動車においては自賠責保険が有効に機能しているという事実を踏まえた上で、まず①「本条例案による自転車保険の加入義務化の効力」について確認したい。  本条例案の内容をよく読んでみると、加入を義務づけるとはしているが、実際は、自転車販売店から客に加入を勧めてもらうことなどを検討しており、また、保険未加入に対する罰則も設ける予定はない。これは、実質、加入の義務化ではなく、単なる加入促進でしかないのではないか。更に言えば、自転車販売店から客に加入を勧めることで、現在の加入率24%がどの程度増加するかに対して目標があるわけでもなく、加入促進が果たされなかった場合の責任を追うわけでもないため、加入促進の効果が出るかは、疑わしいものである。  本条例案のように、自転車保険が単なる促進にとどまる場合、どのような問題が起きるだろうか。  近年、自転車事故件数自体は減少傾向にあるものの(H16年:約18万件、H25年:約12万件)、冒頭の神戸地裁の判決のように、賠償金が高額になるケースが増えている。日本のサラリーマンの平均年収が414万円(国税庁H26年調査)ということを踏まえると、保険に加入していないと、賠償金の支払が困難なことは想像に難くなく、実際に、加害者が自己破産、被害者が救済されないケースが発生している。    <判決例>   02年2月15日さいたま地方裁判所判決:賠償額は3138万円。   03年9月30日東京地方裁判所判決:賠償額は6779万円。   05年11月25日横浜地方裁判所判決:賠償額は5000万円。   05年9月14日東京地方裁判所判決:賠償額は4043万円。   07年4月11日東京地方裁判所判決:賠償額は5438万円。   08年6月5日東京地方裁判所判決:賠償額は9266万円。   14年1月28日東京地方裁判所判決:賠償額は4746万円。  一方で、自動車での死亡事故におけるH24の平均支払保険金は、2448万円となっており、賠償金額だけで言えば、もはや自転車事故と自動車事故との間に大きな違いがなくなってきているように思われる。しかし、それでも自転車保険の任意保険の加入率は、20%程度と言われており(日本サイクリング協会による分析結果)、自動車保険の任意保険の加入率73.3%(2012年)と比べても、異常に低いことが分かる(自動車保険の任意保険加入は、自賠責保険による支払に上乗せすることを目的としている)。  本当に自転車事故の被害者を確実に“救済”することを目的とするのであれば、自転車に乗る人が保険に加入するかどうか判断できるような仕組みではなく、一刻も早く、保険の加入を義務化することが望ましいのではないだろうか。  では、②「加入義務化を進めていく上でのポイント」について更に考察していきたい。 まずは、参考として、自賠責保険の歴史を紐解き、自賠責保険の加入義務化がどのように進められたのかを確認し、自転車保険の加入義務化を進めていく上で参考にできる点がないか、検討してみることとする。  自賠責保険の始まりは、戦後の1950年代にまで遡る。戦後の復興に伴って自動車の保有台数は増大し、1955年には150万台を超えた。当時は経済成長に伴うモータリゼーションが進む一方、自動車による人身事故も増加しており、1956年には、死者6,000人、負傷者が10万人を超えた。このため、被害者の救済措置の検討が求められた結果、保険で対応することとなり、強制保険制度として自賠責保険は誕生した。これに対して、自転車の保有台数は、国内総保有台数7000万~8000万台とされており、自転車乗用中による死傷者数は約12万人(H25年)となっている。これらの事実から、現在の自転車の保有台数および自転車乗用中による死傷者数が、自賠責保険が誕生した当時の自動車の保有台数および自動車による人身事故の件数を上回っていることが分かる。自動車の台数が増加し、それにより事故の死傷者が増加し、自賠責保険による救済措置が求められた当時の状況と、現在自転車の台数が増加し、それにより事故の死傷者が増加し、自転車事故に対する被害者の救済措置が求められている状況は、近しいものがあると言うことができる。  では、実際に、自転車保険の加入を義務化するためには、何が必要になるだろうか。それは、義務化させる効力を発生させる法律の制定と義務化の効力を発揮し続けるための制度の運用体制に分けることができる。前者については、単純に法律を制定する、しないの議論になるので、ここでは、後者について触れていくこととする。尚、制度の運用コストも論点になることが想定されるが、こちらについては、自賠責保険と同様に、運用コストを保険料に転嫁し、財源は確保できるものとするので、一旦、度外視することにしたい。  ここでも自動車の自賠責保険の例を用いることとするが、自動車の自賠責保険は、損害保険会社の支店等をはじめ、クルマやバイクの販売店などで取り扱っており、原動機付自転車・125ccを超え250cc以下のバイク(軽二輪)については、郵便局(一部取扱いのない局もあります)からでも手続が出来るほか、一部の保険会社(組合)では、インターネットやコンビニでも手続が出来るようになっている。自転車保険の販売体制や契約の取り扱いに関しては、自転車販売会社を保険代理店として追加する他、基本的には、自動車の自賠責保険と同じ体制で問題ないと考える(代理店の教育は必要だが)。  一方で、自動車と自転車の大きな違いでもあり、自動車の場合の自賠責保険制度を影で支え、大きな役目を果たしているのは、『車検』だ。車検は、自動車もしくはバイクの安全性を保証するだけでなく、自賠責保険の期限切れの防止をしているが、自転車には、同様の制度は存在しない。保険会社からの保険の更新案内でも、保険の期限切れを防ぐことは可能だが、車検は車検を通さないと運転できないという強制力を持っているため、車検ほど確実に期限切れを防ぐ効果は期待できない。車検と同様のことを自転車販売会社でも実施するような仕組みをつくるか、全く別の方法を考える必要がある。  ここまで、本条例案の可決により、自転車事故の被害者が金銭面の補償の観点から救済されるのかという問いに対して、加害者側への自転車保険の加入義務化を徹底することが現実的に可能なのかどうかを論点として話しを進めてきたが、結論をまとめると、以下の通りだ。  ①「本条例案による自転車保険の加入義務化の効力」はないため、本当の意味での義務化を進めることが必要。  ②「加入義務化を進めていく上でのポイント」として、自動車の車検のような、自転車保険義務化制度を運用面から支える仕組みを考える必要がある。  自転車事故の被害者を救済しようと考えたことは、社会的側面から見て素晴らしいことである。しかし、兵庫県の本条例案では、上記①②のような取り組みを進めていかないことには、自転車事故の被害者を救済するには不完全なものと言わざるを得ない。但し、自転車保険の必要性を世間に問いただし、自転車保険の加入を義務化することの是非を問いかけたという点では、大きな一石にはなったのではないだろうか。果たして、自転車保険の加入義務化が推し進められ、自転車事故の被害者が確実に救済されるようになるのか、今後の行方に注目したい。 ノラ猫
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