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バス事故の悲劇をこれ以上繰り返さないために

 2016年1月15日、長野県軽井沢町のスキーツアーバス事故が発生し、大学生13人と運転手2人の命が犠牲になり、26人が重軽傷を負いました。事故発生から約一か月を過ぎてなお、直接的な事故原因は未だ特定されていなものの、当該事故を起こした貸切バス事業者の運行管理上の問題がいくつも明らかになっています(ex.出発前の点呼や健康確認が行われていなかった等)。事故の二日前にも、運転手の健康管理を怠るなどの法令違反によるバス1台の運行停止処分を受けたばかりでした。この様な悲惨な事故の再発防止に向けて、国土交通省は悪質なバス会社の監査や処分などを厳格化する方向で検討を始めています。

 しかし、過去を振り返っても、事故が発生する度に、新たな制度や監査の仕組みを整備し、安全性を確保すべく対策が講じられてきました。それにも関わらず、今回の様な悲惨な事故が発生したということは、現在までの様々な対策が、適切に実行されていないか、若しくは、根本的に問題解決しない対策となっていたか、と考えることができます。様々な対策が打たれてきた中にあって、悲劇が繰り返されたことは真に由々しき事態です。
 なぜ、今回の事故は発生してしまったのでしょうか?この様な悲劇を二度と繰り返さない為に、真の問題に目を向ける必要があります。

 貸切バス業界を取り巻く、構造的な問題としては、大きく2つの現状を認識する必要があります。
 一つ目は、2000年の規制緩和による競争激化です。
 規制緩和により、新規参入業者が急増し、規制緩和前年である1999年の事業者数2,336から、2014年には4,536に増加しました(※1)。その結果、過当競争が常態化し、全体の4割が赤字となっています(※2)。また、2007年に国土交通省が実施した監査では、全体の約65%で法令違反が見つかっており、うち半数以上は新規参入事業者でした(※3)。今回の事故を受け、国土交通省が実施した貸切バスへの抜き打ち街頭監査におぃても、全体の約5割のバスで法令違反が見つかっています。事業環境の悪化により、整備などの安全管理、運転手の育成、運行管理、など、事業運営上の安全が十分に確保できていない事業者が増加したことが予想できます。
 次に、事業収支に目を向けてみると、貸切バス事業は人件費が原価構成の約45%を占め、事業収益の悪化が、労働環境の悪化に直結する傾向があります。なお、参入業者が急増する中、従業員数に占める運転手の割合に注目してみると、規制緩和前の平成11年50.2%から、平成22年には70.7%に上がっており、事業経営や運行管理を行う人員の割合が低下していることもわかります(※1)。
 つまり、安全性も収益も確保できておらず、事業が成立していない事業者が相当数存在する業界であるという実態が浮き彫りになってきます。そもそも、貸切バス事業が、「運行を代理する」という、差別的な優位性の創造が極めて困難なアウトソーシング・サービスであることを考えると、旅行業者などの元請け業者に価格決定のイニシアティブを取られる弱い立場にいることが想像でき、業者数が増加すれば、低価格化が進むことは当然のことではないでしょうか。

 二つ目は、国内旅行者数の急激な増加です。
 インバウンドの急激な増加などにより、訪日外国人の国内旅行者数は、2009年の約680万人から2014年の約1,340万人に急増しています(※4)。その結果、貸切バス業界では、大幅な運転手の人員不足が発生しています。バス事業者の弱い立場を鑑みると、低価格のまま労働環境が更に悪化した可能性さえ考えられます。

 貸切バス業界の構造的な問題を整理すると、常態化した過当競争の中、一部の貸切バス業者は、経営や安全の改善能力がなく、価格決定権も握れない弱者の立場にいることがわかります。つまり、バス業者に対する監査・処分の厳格化という対策だけでは、今回の様な悲惨な事故の再発防止にはなりません。

 再発防止策を考察する上では、先ず、セーフティ・ファーストを大前提とする必要があります。事業とは、社会に貢献する為に存在しており、安全性を確保できない事業者は、事業にはなり得ないからです。そのため、監査・処分の厳格化により、セーフティ・ファーストを実現していない場合は、事業停止処分とすることは妥当であると考えます。ですが、バス業者にセーフティ・ファーストを説いても、多くの事業者が応えられない状況は上述の通りです。
 さて、観光産業という視点では、国内旅行者数が急増する成長機会である一方、セーフティ・ファーストに徹すれば、バス事業者の半数が事業停止になるという由々しき状況です。これは、産業全体が目を向けるべき深刻な問題と言えます。
 以下に、産業全体としての喫緊の課題を整理します。

1.バス業界(貸切バス事業)の再編
 上述の通り、バス業界(貸切バス事業)は、事業者数が急増し、4割が赤字となっています。そして、運行管理者・運転手の育成もままならない状況が常態化しており、事業が成立していない状況です。これは明らかに再編が必要であり、行政の監査・処分に乗じて、吸収合併による事業規模を拡大させる必要があります。また、現状は国内旅行者の急増という事業成長の機会にも関わらず、労働環境を悪化させており、強いリーダー・経営者の育成・外部登用こそが喫緊の課題の一つではないでしょうか。

2.業者間のパワーバランス適正化
 元請け業者と下請け業者(バス業者)のパワーバランスを適正化しなければ、問題解決は成し得ません。元請け業者側にも、セーフティ・ファーストの責任を課し、監査と処分の厳格化を行うことが重要です。例えば、バス業者から、元請け側の価格・安全管理の状況を報告させるといったスキームを整備し、不均一な力学が発生している場合は、消費者に報道すると共に、業務改善または停止処分とするといった運用が考えられます。

3.各業種の収益性改善
 消費者に対して、適正価格を下回る価格でのサービス提供となっているのであれば、観光産業の成長はあり得ません。若しくは、低価格を売りとするのであれば、構造的にコストを抑えられるサービスでなければなりません。人員不足の現状を考慮すると、バスの整備や清掃を手伝い、その労働賃金分を価格に反映することです。その他にも、自治体と連携して、一定区間は運行するが、その先は自治体に運転手と車を手配してもらう、といったオプションはすぐに実行できます。また、旅行者数増加の恩恵を享受したい地域・企業は数あまた存在しますので、旅行者のニーズに応じて、運行ルートに地域・企業を加えるといったBtoBの送客サービスもすぐに実行できる収益改善策となるでしょう。

 何れにせよ、セーフティ・ファーストを大前提として、産業全体を成長・発展させる為の連携を早急に実現することが重要であり、構造的な問題をバス業者という弱者に押し付ける構図を継続すれば、悲惨な事故のリスクが残り、誰にとってもメリットはありません。 今回の様な悲惨な事故が二度と発生しない為に、関与者全員が反省し、問題に目を向け、知恵を出しあい、教訓としてより良い未来を築いていくことを期待します。

<出典>
※1:公益社団法人 日本バス協会 『日本のバス事業2014年版』(平成26年)
※2:公益社団法人 日本バス協会 『環境に関する税制について』(平成27年10月)
※3:国土交通省 『貸切バスに関する安全等対策検討会報告』(平成19年10月)
※4:一般社団法人 日本旅行業協会 https://www.jata-net.or.jp/data/stats/2015/01.html

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