先日、安倍総理大臣の肝いり施策の1つである働き方改革の実現に向けて、「働き方改革実現会議」を9月16日に設置し、今月下旬に初会合を開き議論を本格化させることが発表された。 会議では、長時間労働の是正、同一労働同一賃金の実現、高齢者の就業促進、賃金の引き上げ、テレワークの推進、外国人雇用、転職・再就職支援などをテーマに議論を本格化させ、年度内をめどに実行計画を取りまとめることを目標としている。「働き方改革」という名称はとても前向きであり、労働者にとって歓迎されるべきことのように見える。しかし、会議で扱われる各論の話ばかりが先行し、この改革を通して、何を実現することが大いなる目的なのかが、はっきりしない。
その目的が垣間見える例として、今回の会議の設置に先駆け、9月2日に行われた「働き方改革実現推進室」の開所式において、安倍総理大臣は以下の通り訓示がある。 「「『働き方改革』にいよいよこれから我々は着手するわけでありますが、一億総活躍社会を目指す私たちにとって『働き方改革』は最大のチャレンジであります。同時に、まさに働き方は人々のライフスタイルに直結するものであり、そして経営者、企業にとっても大変大きな課題であります。それだけに大変困難が伴うわけでありますが、私も先頭に立って取り組んでいく決意であります。 世の中から『非正規』という言葉を一掃していく。そして、長時間労働を自慢する社会を変えていく。かつての『モーレツ社員』、そういう考え方自体が否定される。そういう日本にしていきたいと考えている次第であります。人々が人生を豊かに生きていく。同時に企業の生産性も上がっていく。日本がその中で輝いていく。日本で暮らすことが素晴らしい、そう思ってもらえるような、働く人々の考え方を中心にした『働き方改革』をしっかりと進めていきたいと思います。最大のチャレンジでありますから、選りすぐりの皆さんに集まっていただきました。皆さんの獅子奮迅の活躍を加藤大臣の指揮下でしていただくことを期待しております。皆さん一緒に結果を出していきましょう。頑張っていきましょう。」(首相官邸HPより)
この訓示を見ると、長時間労働の是正など労働環境の問題解決に取り組みつつ、最も大事にしたいところは、正規社員と非正規社員の区別の撤廃に見える。つまり、今の問題は解決しつつ、企業により多くの正規社員を、長期間雇用してもらい、人々が豊かに生活するための生活基盤(仕事と賃金)を提供してもらうことが、最も実現したい目的にみえる。
一方で、企業側は「働き方改革」をどう見ているだろうか。 日本経済新聞社が9月15日にまとめた「社長100人アンケート」によると、多くの経営トップが「裁量労働制の拡大」、「テレワーク・在宅勤務の促進」、「脱時間給導入」といった施策の推進を期待している。
政府に期待する働き方改革に向けた施策
1.裁量労働制の拡大(約51%)
2.テレワーク・在宅勤務の促進(約45%)
3.「脱時間給」の導入(約43%)
4.解雇の金銭的解決の導入(約25%)
5.外国人労働者受け入れの促進(約23%)
6.高齢者雇用の促進(約20%)
7.残業時間の上限設定(約10%)
8.同一労働・同一賃金の導入(約8%)
つまり、企業側が働き方改革に期待していることは、より効率的、効果的に働くことができ、労働時間に基づかずに適正な賃金を支払える仕組みづくりにあり、単純に雇用する労働者数を増やすことや賃金格差の是正などの目的は、優先度が高くないことが窺える。 これだけを見ると、企業側が自社の都合のことしか考えていないように見えるかもしれないが、必ずしもそうとは言えない。 というのも、所謂日本型雇用といわれる仕組みの中で、多くの企業が一度採用した正社員の長期雇用を保障し、60歳での定年制を取ってきた。それに対し、近年では65歳までの雇用延長を求める法改正がなされている。この改正の背景には、年金制度の運用問題(支給年齢の引き上げ)がある。これ以外にも、本人が望めば有期雇用の社員も5年後には無期雇用に転換することも求める法改正も行われるなど、この数年間の法改正を見ても、企業側に労働者をより多く、より長く雇用することを求める改革が進められている。つまり、この日本型雇用を維持するのであれば、合わせて上記のような仕組みも用意してくれないと、もはや対応しきれないという、企業からのメッセージでもある。 特に、年金などの社会保障の改革が充分に行われていない中で、さらに企業側に雇用の負担増を求める改革を進めようとしても、そう簡単に受け入れられる物ではない。
政府と企業の働き方改革に対する期待のギャップを埋めなければ、何らかの労働環境改善くらいはできるかもしれないが(もちろん、それも大事なことではあるが)、政府が狙う働き方改革の本来の目的を達成することは難しいだろう。 このギャップを埋めるためには、働き方改革と称して個別の問題に対症療法的な対策を検討する前に、企業にとって多様な人材確保の足かせの1つになっている日本型雇用(長期雇用の保証)を、根本から見直すことが必要である。 企業も成長に必要な人材であれば、より多く、より長く雇用したい意志があるのは疑う余地はない。しかしながら、一度雇用した社員の長期雇用を保証する仕組みである定年制が前提となる以上、欲しい人材であっても余剰に抱えることはできない。企業側が、働き方改革に期待することの4位に「解雇の金銭的解決の導入」が入っていることからも、余剰となる人材を送り出し、必要な人材を受け入れたいと考えている企業は少なくないことが窺える。
では、定年制をどのように見直していくべきか。現在、法律では60歳以下の定年を禁止している。このため、一度正社員になると、同じルールが適用され、昇格の差こそあっても経年で賃金が上がり続け、多くの社員の賃金が高止まりする。そして、この高止まりした社員と同じ職務に従事する契約社員について同一労働・同一賃金が要求されると、その賃金格差を埋めることは、より困難になる。一度高止まりした賃金を下げることは、労使間の難しい交渉が必要となる他、社員のモチベーションなどにも影響する。一方、単純に、高止まりした正社員の賃金に合わせて契約社員の賃金を引き上げるのは、 益々企業の負担は増えるだけである。 そこで、この定年禁止を35歳以下の禁止に引き下げ、今までよりも早期に定年を可能とする仕組みを考えたい。これだけを見ると、企業がより多くの正規社員を長期間雇用し、人々が豊かに生活するための生活基盤(仕事と賃金)を提供することとは、逆行しているように見えるかもしれないがそうではない。あくまでも、長期雇用を、より適切な形で保証できるようにするための仕組みとして考えている。
つまり、定年を引き下げる目的は、全ての社員が同じ条件で働く期間を現在よりも限定し、定年後は、本人の能力や職務内容・勤務地などの希望に応じて、所謂正社員として雇用を継続する道、職務や勤務地によって限定正社員として雇用を継続する道など、企業のニーズと本人の能力・希望に合った雇用のあり方を設けることにある。こうすることで、賃金が高止まりする前に雇用条件を改めることができ、本人の能力や職務内容に合致した賃金構造にしやすく、長期間の雇用もよりしやすくなる。また、政府が拘る同一職務・同一賃金についても、将来的に賃金が高止まりした社員が減ることで、所謂契約社員(職務限定の有期雇用)との正社員の差を適正な差の範囲に収めやすくすることもできるだろう。 また、社員側も自身の将来のために、率先してスキルアップなど自己成長に取り組むことだろう。
なお、定年禁止を35歳とした根拠は、一般的なビジネス-パーソンの成長から考えると、会社から成長期機会をもらいながら、ビジネスの基礎を習熟し、何らかの専門性を身につけるのに必要な期間を想定し、設定している。そして定年後は、それまでに培った専門性に特化して、特定の仕事を中心に働くのか、専門性を増やしながら様々な仕事や役割で働くのかで雇用のあり方も変わると考えた為である。 これまで、政府や有識者などで検討されているのは、有期雇用から無期雇用への転換や限定正社員の活用を検討するなど、企業への入口を増やそうとするものが多い。しかし、入口を増やせば、結局、まだ能力も経験もない段階から処遇の差が生じることになる他、人材を活用したい企業側も雇用条件が理由で思うように活用できない場面が出てくることが想定される。 そうであるならば、入口よりも出口(定年)を多様化することで、その時々の状況に応じて雇用形態で、長期雇用を保証できる仕組みを作ることが必要だ。これにより、企業にとって、本当に柔軟な雇用や人材の活用を助けることになるだろう。
働き方改革とは、実際にはどのように人々の長期雇用を保証し、現在の社会保障のルールで人々が安心して豊かに暮らせるようにするかを考えることでもある。労働環境の問題解決は確かに大事だが、働き方と表現することで、他の大事なことを誤魔化されているような気がしてならない。顕在化した問題に対応することも必要だが、人々の長期雇用を保証し、現在の社会保障のルールで人々が安心して豊かに暮らせるようにすることが目的であるならば、前提となっている仕組みに一石を投じるくらいの根本的に見直しの議論を「働き方改革実現会議」には期待したい。
ヘッジホッグ
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