かつて家族と地域は、共同養護、共同教育、共同生産、共同消費という4つの機能を備えていた。しかし、民が「主」となっていた医療や学校などを明治以降の国策が税金で賄うサービスにしてきた結果、民は「客」となり家族からも地域からもそれらの機能は失われていく。戦後は家族制度もなくなって個人主義が広がり、サラリーマン社会が普通になる中で家族と仕事も切り離されていった。多くの家族は共同消費の機能だけを残して社会から切り離され、他の機能をアウトソーシングするようになっていく。家族の自助力や共助力は低下し、公助力に過度に依存する社会になった。モンスターペアレントが跋扈する社会だ。
世界史的なイノベーション事例として称賛すべき明治維新だが、それを可能成らしめた要因の多くは江戸時代につくられていた。江戸時代には士農工商いずれの職業にあっても家族が生産と教育について重要な役割を担っていた。とりわけ当時の藩は今日の企業のような構造を成しており、企業と社員の家族との関係性において多くの示唆を見出すことができて面白い。藩主に仕える武士たちの家族は藩の発展に貢献できる人材の育成に熱心に取り組んでおり、家族が藩の政について高い問題意識を育む教育の場になっていた様子が窺える。家族が他の家族と相互に教育し合う場もつくられていたようだ。家族はそこに暮らす人々にとって社会に開かれる窓の役割を果たしており、家族同士も強い仲間意識で繋がり合っていた。幕末に日本を訪れた外国人は、長年鎖国をしていたにも関わらず多くの武士が当時の世界情勢に詳しかったことに驚嘆している。
ところで、日本の企業でコンシューマー・イノベーションを試行する動きが活発になっている。会社の外に第二の経営資源を求める試みだ。コンシューマー・イノベーションとは、企業の商材や技術やサービスをコンシューマーが勝手にいじったりすることで、それらを開発してきた社員が想像もしなかったような使い方を考え出し、それが普及していく現象をいう。日本ではコンシューマー・イノベーション市場がもたらす経済効果を推計し、開発投資額に換算すると年間で2.4兆円を超える規模といわれている。近年では完成品をいじらせるだけではなく、開発途中の技術やプロトタイピング中の商材を題材にしてアイディアを生成する初期段階からコンシューマーとの共創を模索する企業も増えている。その一方で、本当に共創すべきコンシューマーは誰なのか、どこにいるのか、どうやって接点を見出せばよいのかがホットな論点となっている。
家族の話に戻る。企業には社員の家族という第三の経営資源が眠っている。これらは少なく見積もっても全社員数の三倍、それらの親族や友人たちまで加えていけば全社員数の十倍以上のネットワーク価値へと発展させられる可能性がある。一万人の社員を擁する企業であれば十万人のネットワークが眠っていることになる。そう考えると不特定多数のコンシューマーに働きかけるより、もっと身近な経営資源に目を向けるべきではないか。しかも社員の家族は、社員が直接働きかけることができ、学習が行き届いた良質で愛情深いコンシューマーに育てていきやすい。共通の問題意識や仲間意識も醸成しやすいため、不特定多数のコンシューマーよりも横の繋がりをつくりやすい。社員の家族たちは、最も頼りにできるコミュニティになる可能性がある。家族のネットワーク価値を活かすことができれば、年間で2.4兆円に匹敵する開発投資額を飛躍的に伸ばせるかもしれない。
例えば、社員の家族たちが既存の商品の新しい使い方を試してみたり、新しい商品のアイディアを考案したりする、そんなファミリー・アイディアソンを展開する。社員の家族たちが考えたアイディアや“やってみた”ことなどを社員の家族同志で共有し、意見やアドバイスを投げかけて学習し合う。“やってみた”ことに参加を募ったり応援し合ったりする。このような活動を繰り返しながら、強い仲間意識を持つ創造的なコミュニティを紡ぎ上げていく。そこには世界で起きている出来事、市場の変化、技術の動向などについて語り合う場をつくることができる。会社の使命を考え合う機会も生まれる。子どもたちは学校だけでは得られない知識や思考を享受し、夫婦や高齢者の普通感覚も活かされる。
そのようにして形成されたコミュニティの活動を拡大することで、社員の家族たちの個人的なネットワークを通して商品の新しい使い方をプロモートする。自らが生み出した新しい商品をアピールする。人は「主」の思いで取り組んでいることであれば、その思いに背中を押されて積極的に情報を発信するだろう。自らの思いを込めてつくりあげてきた商品が市場に出たら、その思いに駆りたてられて喜々として知り合いに紹介するだろう。ましてや、それが自分の愛する家族が深く関わる会社のことであれば、それらの思いは一層強くなる。コンシューマー・イノベーションならぬファミリー・イノベーションだ。
企業活動を通して社会に開かれた家族の形をつくり直すことはできないだろうか。今日的な形で家族に共同生産と共同教育の機能を取り戻すことはできないだろうか。家族は社会を構成する重要な単位だ。その機能が失われている日本は、社会全体の生産性も低下しているように思える。一億総活躍の掛け声も個人ではなく家族の単位に働きかけるべきではないだろうか。
方丈の庵
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