2024年8月、ホンダと日産の提携が発表され、数日後には日産傘下の三菱自動車も加わることが明らかになりました。リリースされた提携の範囲はまだまだ規模の小さなものですが、これが発展して事業統合や経営統合となれば年間生産台数は800万台に達する自動車メーカーが誕生することになります。この報道は市場に大きな衝撃を与えました。
ホンダは、世界第7位の生産台数を誇る自動車メーカーであり、どの企業グループにも属さない孤高の存在です。「1000万台クラブ」という言葉が声高に叫ばれたのは2000年代後半から2010年代前半のことで、年間販売台数が1000万台を超える規模の生産ができなければ、グローバル市場で生き残ることが難しいと言われていました。この時期、世界中の自動車メーカーが1000万台を目指し、国境を越えて提携や再編を進めました。その後「1000万台クラブ」という言葉は姿を消しましたが、中国企業の低価格路線での成功もあり、再び注目されてきたようです。そのような時期であっても、ホンダは他のグループに属することなく単独での生き残りに成功しています。そのホンダが日産と組むという選択に走らせたのはどのような背景があるのでしょうか?
ホンダは過去に何度か経営危機に陥ったことがありました。有名なのは1960年代の経営危機でしょう。1960年代はホンダが四輪車市場への進出を始め、小型車市場で徐々に存在感を高め始めた時期でもあります。まだまだ国内での経営基盤が脆弱な段階で、無謀ともいえる北米への進出を開始しました。単なる完成車の輸出ではなく現地に工場を建設するなど、他社とは全く違う戦略でした。この時点で多額の負債を抱えていましたが、ここに米国で排気ガス内の窒素酸化物を一定以下にしないと販売できないマスキー法という排気ガス規制法案が施行されたのです。その時点で規制をクリアできる自動車メーカーはなく、特に規模が小さく多額の負債によって腰が伸び切ってしまっているホンダには大打撃でした。他のメーカーはエンジンの改良での排ガスの浄化はあきらめ、コストのかかる三元触媒によって浄化する方法を選択しました。これは、エンジンのパワーがダウンするだけでなくコストが嵩み販売価格が高くなる方法でした。そのような状況でもホンダは他社があきらめたエンジンの改良でクリアすることを決めたのです。ただ、開発に全く目途が立っていない状況であり、財務担当役員からは猛反対を食らったそうです。しかし、ある技術者のひらめきから燃焼室の構造を変えて燃焼効率を上げる仕組みを考案して規制値をクリアしたのです。この技術は産業界では拍手と賞賛を持って受け入れられ、CVCCエンジンと名付けられました。CVCCを搭載して販売されたホンダシビックは、北米で飛ぶように売れまくり、ホンダの苦境と多額の負債問題を一気に解決したのです。このときに無謀とも言われた北米進出を果たしていなければ、現在のホンダはなかったでしょう。
ホンダはこれまでにも何度か他社と提携してきた歴史があります。しかし現在まで継続している提携はなく、他社との連携が上手な企業とはいえません。ホンダには独自の技術や独創性へのこだわりが創業からのDNAでもあり、技術で他社の後塵を拝することや、他社の技術を真似することを許さないという強いプライドがあります。創業者本田宗一郎氏が掲げた「技術は人のために」という理念に基づくホンダのオリジナリティーが、他社との提携や融合の最大の障壁になっているのでしょう。そのホンダが、日産との業務提携に踏み切りました。巷で言われているのは、中国BYDや米国テスラのEV市場での覇権確立を前に、規模を拡大し、潤沢な研究開発費を確保して対抗していこうということです。
米国テスラは市場性が疑問だったEVの先行開発に先鞭をつけ、先進的なEVを続けざまに投入して世界シェアNO1として君臨しています。中国ではBYDが政府のバックアップと低価格路線で市場に切り込み、世界市場を席捲しようとしています。急速に拡大するように見えたEV市場でしたが、新型電池開発の難航、充電設備不足、航続距離問題、冬期の暖房問題、EVは環境に優しくない論、各国の補助金政策の見直しなどがあり、最近では日本のハイブリッド技術が見直されています。EV時期尚早、EV失速論もささやかれています。
ホンダが日産との提携に踏み切ったのは、EV開発関連の電池開発ではなく、クルマのソフトウエア化が急速に進展していくことが主要因でないかと考えています。EV、ハイブリッド、エンジン車に関わらず、クルマへのソフトウエアの進出は急速に進んでいます。実はその急先鋒が米国テスラなのです。テスラは独自の車載OSを開発・搭載し、OSという基盤プラットフォームをベースにクルマの各機能を統合制御する構造になっています。これまでのクルマは、エンジンやミッションなどの制御は連携させていたようですが、クルマの全機能を統合して管理するような考えはありませんでした。それこそウインカーの制御までOSを経由します(これまではワイヤーハーネスを介して、電気的にスイッチとウインカーが結合されていました)。この考え方は、ソフトウエアを中心に考える「IT屋」の発想であり、物作りを中心に考える「技術屋」からは出てこない発想でしょう。おそらくテスラのクルマをリバースエンジニアリングした自動車メーカーの技術者は、その開発思想の違いに愕然としたに違いありません。そしてこれからのモビリティはOSによる統合制御をベースに管理され、OSとその上のアプリケーションをアップデートしていくことで、モビリティ自体が成長・進化していくことになることに気づいたのでしょう。テスラの内部に実装されたパソコンやスマートフォンなどに使用される高性能GPUはクルマの進化の方向を見据えています。これまでの自動車の機械部分の開発の他に、大量のソフトウエア技術者を雇用しなければ勝ち目がない市場になってしまっていたのです。
これまでのモノづくりから、OSとアプリケーションを中心に動いていく市場は、どのように変化していくのでしょうか。ケーススタディはいくつもあります。例えばパソコン、スマートフォンを見てみましょう。OSをプラットフォーマーに支配された結果、ハードウエアメーカーは独自色を出すことができず、スペック競争に追われ、薄利多売のビジネスに追い込まれてしまいました。ユーザーはどのメーカーのパソコンやスマートフォンを買っても、OSの違いこそありますが、ハードウエアはどこも概ね一緒というように、差別化の難しいマーケットが形成されているのです。
かつてのパソコン業界は、NEC、東芝、シャープ、パナソニック、ソニーなど、多くの国産メーカーが競っていました。しかしプラットフォームとしてのOSを押さえられていることもあり、機能部分での明確な差別化ができず、ハードそのものの機能と価格競争に陥ります。低コストで生産できなかった日本企業は採算性が急速に悪化し、やがて市場から撤退していきました。スマートフォンも同様の道をたどっているものと思います。
自動車業界もPC業界と同じように変化していくのでしょうか。世界中の自動車メーカー、ソフトウエアメーカーが車載OSの開発に参入し、多額の開発費を投入してしのぎを削っています。車載OS分野で覇権を握った企業はまだでてきていませんが、グーグルとテスラが先行していると言われています。グーグルは「アンドロイドモビリティ(仮称)」の開発を明らかにしています。グーグルは検索エンジン、スマホOSを中心とした独自のエコシステムを持っているので、そこに車載OSを連携させていくことになるでしょう。自動車メーカーや部品メーカーが開発するであろう、自動車を効率的に開発し動かし管理することを中心に考える車載OSとは、まったく違った世界観をもってモビリティの姿を描き出すでしょう。またネットワークとの常時接続は必須なので、通信インフラ企業との連携も重要です。そこまでカバーしないと、車載OSは成立しません。これらの他社にはない世界観を描き、具現化していくためには、途方もない資金と開発リソースを確保しなければなりません。それらをホンダだけで用意していたのでは勝ち目がないので、日産との提携を選択したのではないでしょうか(トヨタはすでにスバル、マツダ、スズキと組んだ連合を形成しているので、ホンダは独立性を維持するためには日産と組むしかなかった)。ただ、日産と組んだだけではモノづくり連合にしかならず、新しい世界観の創造力を持たせていくためには、国内では楽天やNTTドコモなどの通信事業者、海外に目を向けるとプラットフォーム開発で巨大なノウハウをもつマイクロソフト、アマゾン、シスコシステムズなどとの連携や協業も必要でしょう。車載OSのデファクトとなってプラットフォームを押さえられれば、新たなビジネスモデルによる莫大な収入を確保することができ、さらにクルマの開発も有利に進めることができます。
すでに競争相手はトヨタや欧州の自動車メーカーだけではなくなっています。それぞれの国家が威信をかけて、多額の補助金を投入し、車載OS開発をバックアップしています。日本の基幹産業である自動車産業は、他国に負けるわけにはいかない絶対に譲れない最後の砦なのです。この覇権競争の勝者は誰になるのでしょうか?
マンデー
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